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Profile

WAO Red org


本名:田中 淳(たなか じゅん)

昔使ってたハンドルそのまま「WAO」とか呼ばれます。


生年月日:昭和40年(1965年)9月27日 神楽坂に生まれ住む


小さいときからピアノをやっていたせいか、音楽は好きだったが学校の音楽の成績は決して良くなかったし、どう考えても音楽一家ではなかった。母親が芸事のお師匠さんだった程度であろうか?

何を間違ったか、中学一年生のときにトランペットに目覚めてしまって、幸い、そのまま仕事をさせて頂いている。


新宿区立市谷小学校、私立成蹊学園中学高校を経て、卒業直前に音大受験を目指す。武蔵野音楽大学音楽学部器楽学科トランペット専修ギリギリ入学、同大卒業。元・東京交響楽団 井上雄二氏に師事。その他フランス国立音楽院にてパリ・オペラ座首席奏者(当時)の故ピエール・ティボー氏、バークリー音楽院のジェフ・スタウト氏に師事。


自称Trumpetの何でも屋。意外にも普段はTrumpetの音楽はあまり聞かない。

ニューフィル・ハーモニー・オーケストラ千葉などで使ってもらいつつ、「基本的に」フリーで仕事中。


クラシックはソロ、アンサンブル、オーケストラ、金管バンドなど〜ビッグバンドジャズ、コンボのフロントなど様々な演奏に対応出来る・・・つもりでいる。

でも流暢なインプロヴァイザーでは無い。今の課題。

また、後進の指導も得意とし、現在3つのビッグバンド、個人レッスン、3校の吹奏楽部へコーチなどとして指導に当たっている。


病歴

1994年 29才。
慢性肝炎が悪化。放置すれば余命半年と言われる。二ヶ月の入院、半年の休業。楽器は絶望的と宣言される。一年に渡るインターフェロン療法が功を奏し寛解。2000年まで禁酒。徐々に楽器も復調するも、過労が良くないので仕事以外なんもしなかった。

2004年 39才。
大動脈解離IIIB発症。生死の境をさまよう。一ヶ月半の入院、半年の休業。外科的手術はせず保存的療法が決定。またも楽器は引退を勧められる。命の保証は出来ない、と。最もおっかなびっくり過ごした時期で身体に負担を掛けられなかった。練習にも身が入らず。

2005年 40才。
原発性アルドステロン症のため右副腎を摘出。1.5cm程の腫瘍。なだらかながら血圧が下がり始める。手術そのものは腹腔鏡下手術なので大したことはなかったが、ホルモンやらのバランスが云々で心身ともに優れず。音は出ないわ気分も良くない、もっともヤケクソな時代。

2007年 42才。
胸部下行大動脈が手術適応まで拡大、胸部のみ人工血管置換手術を受ける。都合二ヶ月の入院、三年の休業。手術は15時間、ICUに1週間。身体をほぼ半周切って心臓へアクセス。

術中死も10%〜20%ほどであるが放置すれば確実に死に至るため腹をくくる。手術は成功。歩くことすらままならないほど体力が落ちてしまい、決定的に楽器を諦めかけるが、年齢的にも病気的にも転職なんて出来るはずもなく。

幸い、2013年現在、腹部の大動脈瘤の最大径は発症後とほぼ変わらず、割りと普通に過ごせるようになった。急激に体に負担を掛ける運動や5kg以上のものを持ってはいけないのは変わらず。

手術時に左肺を畳んで心臓へアクセスする影響からか、左肺上葉舌区に無気肺が見られるとのこと。ちゃんと肺活量測ったこと無いが恐らく低下。演奏上は特に困ってはいない。

この手術を受けて5年は腹部の人工血管置換術を受けるには体力的にデメリットのほうが大きいとのこと。だからか丸5年たった2013年、体力が比較的戻ってきた感じがするし、多分音大時分の次によく練習していると思う。



 © WAO 2012